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清心流空手について(その2)

ちょっと前から歴史が気になっていたもので調べてみました(おもにwiki、書籍「本部朝基と琉球カラテ」より。以下敬称略します。また唐手はすべて空手表記)

■流派
・琉球に伝わった空手は流派名はなくその技法を伝えた個人名で伝えていたようです。ただこれらを伝授するにあたっては、秘密裏に稽古や教授が行われたため伝授社の名前を公にするのをはばかって、その地域の名や土地名で呼ぶようになったようです。これが、首里手、那覇手、泊手です。

★首里手
松濤館流(日本四大流派:船越義珍) -> 日本空手協会
糸東流(日本四大流派:摩文仁賢和) -> 全日本空手道連盟糸東会
本部流
小林流
少林寺流
和道流(日本四大流派:大塚博紀) -> 全日本空手道連盟
 ※船越義珍、本部朝基・摩文仁賢和に学んだため首里手に位置づけた

★那覇手
剛柔流(日本四大流派:宮城長順) -> 全日本空手道剛柔会

★泊手
本部流
松林流

■清心流 菊地和雄
神道自然流空手術本部良武館にて小西康裕(神道自然流開祖)、袖山豊作(大日本武徳会錬士・本部朝基翁直門)、稲垣五兵衛(剛柔流)について空手を学ぶ。戦後、良武館師範代を経て、1957年3月、清心館菊地和雄道場を設立し、同年7月14日、自らの空手に清心流空手拳法と命名し名実共に独立。その後、清心流居合、柔術、棒術の体系を確立。清心流技術顧問として、神道自然流宗家小西良助、合気道々主植芝盛平、日本拳法空手道山田辰雄を迎えいれる。

■神道自然流 小西康裕
小西康裕が神道自然流空手術の開祖。船越義珍(唐手術普及の父にして松濤館流の事実上の開祖)に師事して空手を学ぶ。大塚博紀(和道流空手道開祖)と共に、約束組手等を考案。その後、船越義珍とは対照的な本部朝基、摩文仁賢和からも空手を学ぶ。空手以外にも剣術(神道無念流剣術など)、柔術、合気道。さまざまな流派や空手以外のものも受け入れ取り込んでいる。
自身が到達した空手の道をして「空手とは 人に打たれず 人打たず 事のなきを 基とするなり」と、訓として述べた。

こうみると清心流は、神道自然流からの派生であり、そのもとは、さまざまな流派を取り入れているようです。
なお神道自然流開祖の小西康裕は、剣術も学んでおり、その中の一つが神道無念流だったようです。その神道無念流を学んだ人物として残っているのに長州藩 桂小五郎あたりもいるんですって。あと神道自然流を学んだ有名人ではショー・コスギ(ケイン・コスギの父)がいるようです。
空手訓も、小西康裕の到達した空手道の言葉だったんですね。

以上、敬称略でごめんなさい

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